探索者たち 叡智の秘宝とは? アイドル探索者

探索者たち

 探索者ギルド『アイオーン』――。都市国家カルナスにはそう呼ばれる互助組合がある。

 その業務は探索者たちの情報交換や、依頼の斡旋をはじめ、迷宮遺跡に関わる多岐に渡る。カルナスの探索者たちは、誰もがその恩恵に与り、時に力を貸すことで、円滑な関係を構築している。

 魔物の討伐依頼をこなしたロスターと白艶は、地上に引き上げるとその足で、ギルドの窓口となっている酒場を訪れていた。

【アイオーンマスター】
「ご苦労さん。ほれ、今回の報酬だ」
【白艶】
「んふ、これで美味い酒にありつけよう。ロスター殿も一緒にいかが?」
【ロスター】
「そうだな。仕事明けの一杯といくか」

 白艶は樽のジョッキを手に、早くも上機嫌だ。ジョッキから滴った雫が、白艶の胸の谷間を伝い落ちている。
 ロスターの視線が、思わずそちらに釣られた。

【白艶】
「おや、ロスター殿は酒よりこちらを所望で? 妾をもっと酔わせられれば、その気になるやもなぁ……?」
【ロスター】
「せっかくだけど、酒の勝負で白艶に勝てる気がしないからな」
【白艶】
「それは残念」

 ロスターは肩をすくめ、注文を取ろうとカウンターに向き直る。

 その時、場所柄にそぐわぬ子供の声が響いた。

【少年】
「お願いします! 母ちゃんの形見をっ、形見のペンダントを取り返してくださいッ!!」
【ロスター】
「なんだ?」
【白艶】
「ほう、これはまた変わった依頼人よ」

 見るとまだ10歳にもなっていないであろう男の子が、背伸びしてカウンターに取り付いている。
 ロスターと白艶、それに酒場にたむろしていた探索者の何人かがそちらに注目した。

【アイオーンマスター】
「坊主、形見を取り返してくれとはどういうことだい?」
【少年】
「オレん家、迷宮の魔獣に襲われて、それでっ、父ちゃんや妹は無事だったけど、母ちゃんのペンダントを盗られて……ッ」
【少年】
「母ちゃん、病気で死んだから、そのペンダント、すっげぇ大切にしてて、エイミーは顔も覚えてないから、だからせめてって!
 なのにオレ、何もできなくて、悔しくて……!」

 少年は泣きそうになるのを堪えている。

――どうやら魔獣に盗まれた品の奪還依頼のようだ。

【探索者】
「最近は迷宮の魔獣がよく地上に出てくるからな。大門は固めていても、街中の亀裂や抜け穴まではカバーしきれねぇ」
【探索者】
「ああ、こないだの襲撃だろ? 俺も討伐に駆り出されたからよく覚えてるぜ」
【少年】
「あ、あのっ、どうかお願いしますっ! 母ちゃんのペンダントを取り返して……!」

叡智の秘宝とは?

 その後、ロスターの部屋では、パーシィの探索者試験合格を祝ってささやかな宴が開かれた。

 花を添えるのはパーシィの心づくしの手料理だ。どんな代物が出来あがってくるか、最初は心配だったが、彼女の料理は素朴な味わいで素直に美味しかった。

 酒を酌み交わしながら、ロスター達は今後のことを話し合った。

 白艶にはロスターとパーシィの事情を教え、3人は改めて今後、協力して迷宮探索に当たっていくことを約束する。

 パーシィに迷宮探索のいろはを教えたり、最近こなした依頼のことを話している内に、夜はあっという間に更けていったのだった。

【パーシィ】
「ねえロスター、ひとつ聞いていい?」

 宴もお開きにしようという時、パーシィが改まった顔で尋ねてきた。

【ロスター】
「どうした? 料理だったら文句なしに美味しかったが……」
【パーシィ】
「ううん、そうじゃなくて、あ、そう言ってもらえて嬉しいけど、わたしが聞きたいのはもっと別のこと」

 少し考える素振りをしてから、パーシィはまた口を開いた。

【パーシィ】
「叡智の秘宝って何だと思う?」
【ロスター】
「さて、親父は持ち主の望みを叶えてくれるものだと言っていたが……」

 叡智の秘宝の実態は謎に包まれている。むしろその正体への尽きぬ興味も、ロスターの大きな動機のひとつになっているくらいだ。

【パーシィ】
「じゃあロスターは、叡智の秘宝で叶えたい願いってあるの?」
【ロスター】
「そうだな……。この世界をカルナスのように豊かにしたい、とは漠然と考えているが……」

 都市国家カルナスの豊かさは、大陸では稀有なものだ。断続的に続く戦争や、時に猛威を振るう魔物の脅威など、世界を取り巻く状況は厳しい。子供の頃、養父と各地を点々としたロスターは、その現実をよく知っていた。

 だから探索者になるためこの街にやってきた時、繁栄を謳歌する人々に何か不条理なものを感じたことをよく覚えている。

 カルナスの富を、もっと多くの人々に分け与えることができたら……。

 その想いは単純なだけに、ロスターの胸中に深く根付いている。

【ロスター】
「ま、偉そうなこと言っても、俺だって人並みに大金持ちを夢見ちゃいるけどな」
【白艶】
「くふふっ、ロスター殿はたとえ成金になっても、相変わらず迷宮に潜っておるような気もするがな。
 妾とてこの稼業はそうそうやめられぬ」
【ロスター】
「白艶の場合、酒が飲めれば満足みたいなところがあるけどな」

 赤ら顔でまだちびちび飲んでいる白艶に、ロスターは呆れ気味に呟いた。

【ロスター】
「だがまあ、白艶の言うとおり、俺が迷宮そのものに惹かれてるのは事実だ。機械技術に魔法奥義、異なる古代文明が混ざり合う神秘の遺跡……、その謎が興味を掻き立てる」
【ロスター】
「そこに叡智の秘宝がどう絡んでくるのか? そもそも叡智の秘宝がどういったものなのか? 俺は考えずにいられない」
【パーシィ】
「迷宮ロマンってやつだね」
【ロスター】
「お前も同じだからカルナスに来たんじゃないのか?」
【パーシィ】
「うん、もちろんっ。
 ワクワクするような発見ができればいいよね!
 わたし達で絶対、叡智の秘宝に辿り着くの!」
【ロスター】
「お前は叡智の秘宝で叶えたい願いがあるのか?」

 ふと気になって、ロスターは同じ問いを返す。

 パーシィは遠くを見る顔をした。

【パーシィ】
「わたしは……、わたしもロスターと同じかな。叡智の秘宝の力で、みんなが幸せになれたら、それが一番いい」
【白艶】
「くふっ、パーシィ殿らしい。叡智の秘宝で世界が本当に変わるなら、それだけで本懐と言えるかもしれぬな」

アイドル探索者

 商業区のストリートでは陽気な歓声が湧き起こっていた。人だかりを掻き分けて覗いてみると、中心にいるのは見知った兄妹である。

【アシュリー】
「みんなー、わたしの歌、聴いてくれてありがとぉー!
 今度はみんなのハート、もっと熱くしてあげるねッ!」

 アシュリーは歌姫の営業スマイルを浮かべ、手を振って観客の声援に応えている。その傍らではオイフェがリュートを手に、次の演奏を始めようとしていた。
 歌姫アシュリーの噂はメトロニア宣言以降から急速に広まり、最近では熱狂的なファンがいるほどの評判となっている。

【ロスター】
「メトロニア復活を呼んだ現役探索者の歌姫か。
 アシュリーはうまく売り込んだな。もちろんあいつの実力あっての人気だろうが」
【パーシィ】
「すっかり有名人だね。今日、探索に誘うのは難しそうかな……」
【ロスター】
「そうだな。迂闊に連れていったら、大勢のファンに恨まれかねない」

 アシュリー達とは最近、歌姫の活動とブッキングして、共に探索できないことがちょくちょくあった。
 残念だが今日も諦めた方がよさそうだ。ロスターとパーシィは背を向けて、その場を離れようとする。

 その時だった。

【アシュリー】
「あっ、ロスター! パーシィもっ! ちょっ、待って待って! 待ちなさぁい!」

 こちらの姿を見つけ、アシュリーが駆け寄ってくる。
 人垣が割れ、ロスター達の周りだけ遠巻きにするように空間ができた。

【アシュリー】
「何も声かけずに行っちゃうなんて、水臭いわね」
【ロスター】
「盛り上がってるところを邪魔するのも悪いと思ってな」
【オイフェ】
「私達のライブを観にきたのでないとすれば、探索の誘いに来たのではないですか? それもわざわざ探しに来たのであれば、何か事件が起こったとか」
【ロスター】
「よく分かるな。実はちょっと、迷宮の中で厄介なことが起こっているようでな」

 誤魔化そうかとも思ったが、それこそ水臭い。魔物の発生を告げると、アシュリーとオイフェは顔を見合わせて頷きあった。

【アシュリー】
「感謝なさい。特別なんだから」
【パーシィ】
「でもいいの? ライブの途中だったんでしょ?」
【アシュリー】
「へーきよへーき。いつものゲリラライブだし、またいつでも演れるんだから」
【アシュリー】
「そ・れ・よ・り――っ。
 ここで人助けしたら、また評判が上がるでしょお?」

 ズルそうな笑みを浮かべ、アシュリーは潜めた声で付け足す。

【ロスター】
「やれやれ、ちゃっかりしてるな」
【オイフェ】
「口ではああ言ってますが、妹はずっとロスターさん達と探索をしたがってたんですよ。最近は一緒に行けなくて寂しいとね」
【アシュリー】
「ちょ、ちょっと兄さん、変なこと言わないで!」
【ロスター】
「ふっ、よろしくなアシュリー」
【アシュリー】
「ふ、ふん、調子に乗るなってのッ!」

 頬を染め、そっぽを向くアシュリー。ややあって観客の存在を思い出したらしく、アイドルスマイルに戻って手を振り出した。

【アシュリー】
「みんなー、ごめんねー! これから探索に行ってきまーす!
 今回のライブの埋め合わせは必ずするから、また会いに来てね!」