アベルたちとローラたちが入場し、会場のボルテージは否応なしに高まってゆく。
期待の一戦であるから、それも当然だ。
多くの人々の熱い視線を受け、両雄は舞台の中央でにらみ合った――。
【アベル】
「へへっ、いい感じでお客も盛り上がってくれてるな」
【ローラ】
「ええ、やはりここは、女性騎士が勝ち残った方が、
盛り上がりも最高潮に達すると思うのですけれど?」
【アベル】
「へッ、言ってろ。
負けねえよ。
その理屈で言ったら、女の数はこっちの方が多いんだからよ」
まずは舌戦からとでもいうように、
二人は不敵に笑いながら挑発の応酬を繰り返す。
ちょっとマイクを持たせてみたくなる光景だ。
【レイフ】
「おいおいお嬢、幾らセリフで斬りつけても、相手は倒れちゃくれないぜ。
やるならこっちだ。
……そうだろ?」
切っ先から冷たい殺気を立ち上らせ、肉食獣のような笑いを浮かべるレイフに、
味方のローラですら背筋をひやりとさせられる。
ローラが誇り高い雄獅子だとするなら、レイフは闇に隠れて獲物を狩る黒豹だ。
研ぎ澄まされた刃のような気配は、それだけで場の空気を変質させてゆく。
【アベル】
「鍛えてもらった礼は、倒すことで果たさせてもらう。
……それが最高の恩返しだろ?」
黒騎士に負けてから、レイフには様々な技術を習った。
感謝は伝えてあるが、本当の意味で恩を返すならば、
身につけた技術で圧倒してこそだ。
【レイフ】
「おーおー、いいね、そうでなくちゃ面白くない。
叩きのめすぜ、若造。
まだ吠えるには早いってことを分からせてやる」
【ジューゾー】
「ぼ、僕も頑張るでござるよ……!
短いとはいえ、あの特訓を無駄には……無駄に、は、
ふぐっ、ううっ、地獄を見たでござるからして……!
そうでござるよな!?」
ジューゾー以下、臨時メンバーの3人が、ガタガタと震えながらぶんぶんと頷く。
どうやら、武闘祭に向けて、突貫で凄まじい訓練を積まされたようである。
災難だったと取るか、良い機会だったと取るかは各人の自由であるが……。
【ジューゾー】
「…………ッ!」
どちらにせよ、確実に心に傷を負ったのは確かであるらしい。
【アベル】
「さあ、みんな。
……勝とうぜ」
思いの丈を込めた、短いながらも強い言葉に、各々が頷く。
審判役の学生が手を振り上げ、下ろすと同時に――
戦いの火蓋は切って落とされた……!
【ローラ】
「フォーメーション1−4から2−1に移行ッ!!
成果を見せなさいッ!!」
開始の合図が下された直後だった。ローラの朗々たる声が響き渡り、
もはや条件反射のレベルで刷り込まれた特訓のままに、ジューゾーらが散開する。
その一糸乱れぬ連携の妙は、アベルたちの機先を制するに十分なものだった。
【アベル】
「やべえ……ッ!!
ミント、抜かせるなッ!!」
【レイフ】
「遅えよ。
ちょっくら付き合えや」
レイフの槍がアベルの行動を制するように行く手を阻んだ。
その直後、猛然とした突きがアベルに襲い掛かる。
【アベル】
「く……ッ!?
レイフ……本気だなッ!!」
影のように疾走して距離を詰めてきたレイフと激しい
打ち合いを強いられ、アベルは焦る。
何故なら――、
【ローラ】
「マーヤ、貴女に恨みはありませんけれど……ッ!!
そこを通しなさいッ!!」
神想術式の援護を受けたローラが、盾をかざしながら一直線にマーヤに突き進む。
背後にはジューゾーが隠れ、二段構えの形だ。
ミントが迎撃の術式を飛ばしても、ローラの防御を打ち崩すには足りない。
このままマーヤが抜かれれば、後衛の多いアベルたちは瓦解する。
【マーヤ】
「させません……ッ!!
ローラさんには悪いですけれど、わたしにだって
意地がありますから……ッ!!」
眉を立てたマーヤが矢を連射するが、ローラは意に介さない。
ナイトにとって盾は身を守る防具でもあり、敵を打ち倒す鉄槌でもあるのだ。
【ローラ】
「参ります……ッ!!
覚悟なさいッ!!」
打ち込まれた矢をことごとく弾き返し、ローラは数十メートルの距離を一気に走破。
マーヤの小さな身体に全力でぶち当たる――!
【ローラ】
「……なッ!?
そんな……まさかッ!?」
誰もが、マーヤの吹き飛ばされる姿を幻視した。
助走距離が短く、射撃による妨害があったとはいえ、
ナイトのシールドアタックを受けて、彼女が無事だと思う者はおるまい。
だが、現に、ローラは突進を阻まれ、僅かに上体を起こされてさえいる。
【ローラ】
「尻尾……ですって!?
そんな動き、今まで一度も……!」
ローラの突進を阻んだもの。
それは、尻尾による強烈な一撃だった。
ドラゴンレイスの尻尾は、足に等しい筋力を持つと言われている。
その尻尾を、全身を回転させる勢いを加味して叩きつけたのだ。
更には、竜人種は筋繊維や骨格の密度が高いため、
見た目以上に体重がある。
その重量をも、マーヤは打撃力として利用した。
結果として衝撃力は想像を遙かに超え、ローラの突進を阻むに足りたのだ。
【ローラ】
「ですが……身体が浮いてしまっては、次への動きが
取れませんわよッ!!」
ローラの突進を阻んだ代償に、マーヤの身体は斜め上の方向に浮かされてしまっていた。
相殺するには、僅かに打撃力が足りなかったのだ。
宙に浮かされた相手に一撃を入れるのはたやすい。
ローラは刺突の形に剣を構え、マーヤに狙いを定める。
【マーヤ】
「隠し玉が、1つだと思いますか?
わたし、ローラさんのこと、そんなに侮ってないです」
ローラの磨き抜かれた直感が、危険の臭いを嗅ぎ取る。
うなじの毛が逆立ち、頭が命じるよりも早く盾を前面にかざし、一瞬で防御を固めた。
【マーヤ】
「…………」
マーヤの背翼が広がり、筒を作るように展開した。
副肺も最大限に用い、人間に倍する肺活量が、残らず音に変換される。
音とはすなわち、大気を伝う振動である。
殊更に意識はしないものだが、共振という現象と組み
合わされる時、思いもしない破壊力を生む。
背翼で大気の流れを制御、加えて固有振動数の調整に
よって空気を圧縮して炸裂させる――!
【ローラ】
「─────ッ!!!」
ローラの盾に空気の塊が炸裂し、大きく後退を余儀なくされる。
竜種相伝技法・咆哮(ハウル)。
風竜の眷属に伝わる、攻撃技法である。
【マーヤ】
「古来、竜の咆哮は千里を駆け、岩を砕くと言われました。
伝承ほどではないですけど……わたしだって、
竜の血に連なる者なんですよ?」
【ローラ】
「……ふ、ふふ……ッ!
上出来ですわ、貴女を甘く見ていたこと、素直に謝罪
致しましょう……ッ!」
今の今まで、どこか『庇護するべき対象』として意識の上にあったマーヤが、
この瞬間から、狩るべき対象に変わった瞬間だった。
【ミント】
「あら、素直なのね。
じゃあ素直ついでに……これもね?」
【ジューゾー】
「って、狙ってるの僕でござるよねーッ!?」
間隙を絶妙に突くタイミングで、
ローラの背後に隠れていたジューゾーを中心に雷撃の嵐が吹き荒れる。
【レイフ】
「あらら、案外ねばるもんだ……むッ!?」
【アベル】
「よそ見していられるほど、余裕は無いと思うぜ?
色々鍛えられてるからさ」
一瞬、ローラの方に意識が移った隙をついて、連続攻撃を繰り出し、
距離を取り直したアベルは、内心で安堵の息を吐く。
あのまま貼り付けにされていたら、態勢を立て直すこともままならなかった。
舞台の各所で、弾かれたように距離を取った各々が陣形を組み直してにらみ合う。
途端、息を詰めて推移を見守っていた観客の間から、
割れんばかりの歓声が上がった。
確かに今の攻防は、見応えがあるものだ。
一般の客が楽しめるくらいに派手だったし、その裏にある技巧は玄人も満足させるに十分である。
会場のボルテージは、一気に上がってゆく。
【ローラ】
「最初の強襲をしのいでみせましたか。
上出来……と言っておきましょう。
ですが、まだ戦いはこれから……そうですわね?」
【アベル】
「当たり前だろ。
会場もいい感じであったまってきたしな。
調子上げてくぜ!」
それぞれに応、と叫びを上げる仲間たちを率い、
二人は真っ正面からぶつかり合う――!!
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