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【ミント】
「それでね、フランとアベルって、半年に1回くらい、
  すごいケンカするのよ。
  大抵はアベルが無茶やって、フランが怒るんだけど。
  地元じゃちょっとした風物詩扱いなの」

【マーヤ】
「……ど、どんなことになってるんですか?
  竜人のケンカも、外の人から見ると、結構派手に映る
  らしいですけど……どっちがすごいんでしょう?」

救助を待つ間、ミントとマーヤは他愛の会話に花を咲かせていた。
それは不安を忘れるためであり、負傷から来る鈍痛を忘れるためでもあった。

知り合って間もない二人だからこそ、話すことは幾らでもあった。

【ミント】
(この分なら、何とかしばらくは誤魔化して――、)

【???】
『――□□■■――■□――』

【ミント】
「何これ、いつから……ッ!?
  気配が……無かったッ!?」

エルフのミントは、他種族よりも五感に優れている。
その彼女が、すぐ隣に接近されるまで、
この不可解な物体に気付かなかった。

頂点まで跳ね上がった警戒心に押され、反射的に立ち上がろうとして――、

【ミント】
「……しまった……ッ!?
  足首痛めてたのに……ッ」

【???】
『――□□■■――■□――』

【ミント】
「……術式攻撃……ッ!?
  いけない、マーヤを狙わせちゃ……!」

光と共に飛来した何らかの攻撃で、地面の一部が爆発する。
体勢を崩していたことが幸いして直撃は避けられたが、
威力はかなりのもののようだ。

もし、マーヤが閉じ込められているガレキにでも直撃したら……。

【マーヤ】
「ミントさん!?
  どうしたんですかッ!?
  まさか、敵が……ッ!」

気付かれた、という苦い思いがミントの脳裏に閃く。
この後にマーヤが放つだろう言葉が、容易に予想できて苦笑すら漏れた。

【マーヤ】
「逃げて下さい……ッ!
  わたしなら大丈夫ですから……!!」

【ミント】
「身動きも出来ないのに、何が大丈夫なのかしら?
  任せておきなさい、大した敵じゃないわ」

返答しつつ、敵に対して有利な位置を取るべく、軽くステップを踏む。
――だが。

【ミント】
(……痛ッ!
  足、余計にひねった……かしらね?
  でも……!!)

ここで引けば、マーヤに……仲間に害が及ぶ。
それだけは避けなければならない。
少しでも動けるならば、仲間を守る。
それが冒険者だ。

だが、ミントがマーヤを護るのは、それだけが理由ではない。
前向きな思考の他に、ほんの僅かだけ混じる、後ろめたさがある。

【ミント】
「あたしと違って、マーヤにはやりたいこともたくさん
  あるんでしょうしね。
  こんなところで芽を摘ませるわけにはいかないの」

後ろめたさを飲み込むように深く息を吸い、ミントは意識を術式具へと凝らす。
彼女が使う術式は精奉術式(エレ・スペルスタイル)と呼ばれるもので、
比較的即応性に優れたものである。

前段階として『精霊』と呼称される存在との間に経路(パス)を保持しておき、
必要に応じてその経路を通じて精霊をサモニング、望んだ自然現象を顕現(けんげん)させる術式だ。

術式の行使までがシステマイズされているのが特徴で、
特定の分野において強い。
反面、自然現象以外の結果を生み出す能力に欠け、
応用性には若干欠けるのが難点だ。

迷宮の中で起こり得る自然現象が限られていることは、
ミントにとって承知のことだ。
それ故に、対処法は既に考えてある。
彼女は風の精霊とコンタクト、
正体不明の敵が存在している空間の大気を一気に動かす――!

【???】
『――■■□□――□■――』

突然吹き荒れた突風に、宙に浮かんでいた敵は吹き飛ばされて壁に激突。
大破して動かなくなった。

【ミント】
「壁に叩き付ければ壊れるみたいね。
  これなら、足が動かせなくても何と……か、え?
  う、嘘でしょう……!?
  何体居るのッ!?」

数機を片付けて安堵を得るよりも早く、後続が滑り込むように視界に入っていた。
暗い通路の先に視線を飛ばせば、敵の単眼が放つ光点が無数に見える。

【ミント】
(最悪ね……ッ!!
  怪我人の出迎えにはちょっと派手すぎるわ!)

【???】
『――□□■■――■□――』

群がるように集まる敵に対して、ミントは弱気を振り払うように向かってゆく――!

【マーヤ】
「ミントさん!?
  何と戦っているんですか!?」

ガレキが生み出す暗闇の中、マーヤは焦りと心配を覚えていた。
前者は状況が分からないことへの感情で、後者はミントを気遣うものだ。

【マーヤ】
(歌なら……竜奏なら動けなくたってサポートできる!
  待ってて下さい……!)

ガレキに閉じ込められているため、
呼吸にやや問題はあるだろうが、音律には関係がない。
音も遮断されて効果も若干落ちるだろうが、
何もしないより遙かにマシだ。

何より、今のような絶体絶命の瞬間で、
マーヤを支えてくれるのは最も頼りにする竜奏という技術だった。

決断は一瞬。

気管に意識を巡らせ、肺の脇にあるもう1つの器官、
副肺へと意識を巡らせる。
これは竜人が祖先である竜から受け継いだ器官で、
竜がブレスを吐く際に用いていた器官の名残だ。

この器官を経由することで、ドラゴンレイスは吸気と排気を同時に行うこと出来る。
つまり、歌いながらの呼吸が可能だということだ。

意識していなければ使えず、
また、特殊な訓練を必要とする行為のため、
ドラゴンレイスでも竜奏を使える者は余り多くない。

マーヤは幼少の頃より訓練を積み、
使い手としてそれなりのレベルに達していたが――、

【マーヤ】
「……ぃ、……ッ!?」

貫くような痛みに、マーヤは悲鳴も忘れて身を折った。

【マーヤ】
「か、ひ……っ、けふ……ッ!?
  息……、が……ッ!」

【ミント】
「マーヤッ!?
  どうしたの、マーヤッ!?」

【マーヤ】
(怪我……、背翼だけじゃなかったんだ……!
  痛み、麻痺してたけど……肺も……!?)

恐らく、ガレキに潰された時、肋骨にひびが入っていたのだろう。
竜奏のために肺を広げた途端、骨が限界を迎えて折れてしまったのだ。

【ミント】
(まさか、マーヤも怪我を……ッ!?
  あたしは馬鹿だ、あの子なら隠すに決まっているのに、
  鵜呑みにしていた……ッ!!)

【???】
『―■■□□――■□――』

【ミント】
「ぁあうッ!?
  しま……った……
  きゃああああ……ッ!!!」

とっさに敵の放った熱線を術式で防御するものの、
爆圧と熱はミントの体力をごっそりと奪い去ってゆく。
衝撃で呼吸が止まり、壁に叩き付けられた身体から急速に力が抜けていった。

【ミント】
(いけない……!
  心より先に……身体が動かなくなる……!!)

意識を強く持たねば、身体の失調に巻き込まれて失神してしまう。
だが、息を吸い、歯を食いしばることすら、ミントの身体は出来なくなっていた。

……

目の前が暗くなる。
意識が混濁を始めているのが分かる。
生命の危機を感じておかしくないであろうこの瞬間、
しかしミントが思うのはマーヤのことだった。

【ミント】
(駄目……!! あたしが倒れたら、マーヤが……!
  マーヤがやられてしまう!
  それだけは、それだけは駄目……ッ!!)

仲間だからとか、そんな理由も越えた部分で、ミントはマーヤを想う。
彼女の、夢にまっすぐな瞳を想う。

【ミント】
(もう失いたくない……!
  あの子の時みたいな想いはしたくないのよ……!!)

唇を噛む。
生暖かい鉄臭さが口中に広がり、ミントは意識を僅かに覚醒させる。

【ミント】
「――、ーヤに……は、……を、出させ…い……ッ!」

【???】
『――□□■■――■□――』

熱線がミントの真横の壁に命中し、爆ぜる。
直撃はしなかったものの、爆風でミントは吹き飛ばされ、
したたかに体を打ち付ける結果となる。

【ミント】
(誰か……誰か……マーヤを……助、け……。
  あた……し、は、どうなっても……い、い……から、
  誰か……ッ)

熱と痛みの中、ミントの意識は唐突に途切れた。

【マーヤ】
(爆発でガレキが崩れた……!?
  今なら出られ……あ?)

突然視界に光が戻り、マーヤは眼を瞬かせる。
そして、視線の先にあるのは、地面に倒れるミントの姿だ。

【マーヤ】
(わたしが、足を引っ張ったからだ……!
  わたしが地震なんかで足をすくませて、崩落になんか
  巻き込まれたから……!)

マーヤのせいではないと、ミントは言ってくれた。
でも、やっぱり納得できない。
自分が重大なミスを犯したのだという罪悪感は、
ここに来てマーヤを押し潰しつつあった。

【マーヤ】
(助けて……。
  誰か……助けて!)

己を、ではない。
助けて欲しいのは、ただ一人。
マーヤを守るために戦い、地に伏している大事な友人。

【マーヤ】
(わたしはどうなってもいいから……!
  助けて、あの人を……!!)

肺が痛んで声が出ない。
呼気は頼りなく、空気が抜けるような音が頼りなく響くだけだ。

助けすら呼べないのかと、マーヤは自分に絶望する。
だが、それでも息を吸う。
激痛を呑み、爪を立て、何かに抗うように天を向く。

【マーヤ】
「……す、けて。
  助けて……。
  誰か……助けてぇ……ッ!!」

肺腑を貫く痛みを無視して、マーヤは叫ぶ。
声を出したところで、来てくれるはずがないと、
頭の何処かで冷めた自分がせせら笑っている。

でも……それでも。
心が求め呼ぶ声を、止めるなんて出来はしない。

マーヤの想いとミントの想い。
2つの想いが乞うことは、真逆であり同一。
自分ではなく、大事な人を助けて欲しいという、祈りにも似た想いだ。

絶望の中で紡がれる、誰かを想う祈りは――。

……

ガキィィーーーン!!!

――きっと、届くのだ。

【アベル】
「来たぜ、マーヤ。
  来たぜ、ミント。
  助けに来たぜ……ッ!!」

【マーヤ】
「アベル……さん?」

【アベル】
「助けるさ、マーヤも、ミントも。
  絶対にだ」

敵を見据え剣を構える姿は、いつものアベルではないようだった。
こんなにも厳しく、苛烈な面を持つのだと、マーヤは認識を新たにする。

【マーヤ】
「倒しても新手が出てきますッ!
  気をつけて下さいッ!」

周囲にはミントが倒した分の敵が転がっており、しかし未だに敵の姿はある。
マーヤの叫びの意図するところを、アベルたちは一瞬で理解した。

仲間が後詰めでやってきた時、まず何より状況を伝えることを先とせよ――。

出逢えた喜びよりも、安堵を得るよりも、マーヤはまず忠実に責務を果たした。
そう……マーヤも冒険者なのだ。

 
 


 
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