コンコン――
【燈子】
「はい?」
応接室奥の執務スペースで、書類の整理をしていた燈子
は、ノックの音に顔を上げた。
同時に雅也が入室してくる。
【雅也】
「平野さん、お疲れ様です」
【燈子】
「……井深さん? 珍しいですね、仕事中にここにくる
なんて……」
雅也の仕事着である白衣を見ながら言う。
彼の顔面に貼り付いた笑顔を見て、何故か燈子は漠然と
した嫌な予感に囚われた。
【雅也】
「ええ……、まあ、その……。燈子さんにお願いがあり
ましてね……」
【燈子】
「お願い……?」
怪訝そうに聞き返しながら、予感が膨れ上がっていくの
を感じる。
雅也は燈子を呼ぶ時に、公私で上の名前と下の名前を
使い分ける。今、彼は『燈子』と読んだ。
と、いうことは――
【燈子】
「――お断りします」
自分の確信を信じて、にべもなく断った。
【雅也】
「ええ……っ!? まだ何も言っていませんよ!?」
【燈子】
「言わなくても分かります。
私にアダルトグッズのモニターをさせようというの
でしょう?」
自信たっぷりに言い放つ。
雅也の顔に、『あちゃー』とでも言いそうな、困った
笑みが浮かぶ。
【雅也】
「バレていましたか……。さすがは燈子さん。
全てお見通しですね……」
【燈子】
「誉めても何も出ませんよ。モニターなら、社長かティ
エラさんに頼んでください」
そう言うと、燈子はもはや興味を失ったように視線を
デスクの上の書類に戻した。
雅也の『仕方ありませんね』『やれやれ』といった捨て
台詞を聞きながら、てきぱきした手付きで書類を捌く。
ややあって、応接室の扉が開いて、雅也が出ていく気配
がした。
【燈子】
(少し邪険にし過ぎたかしら……)
もう少し愛想よくしても良かったかもしれない。
彼が付け上がらない程度には……。そんな微かな後悔を
抱きながら、文面の端から端までチェックする。
だがそんな心の棘もすぐに忘れて、燈子はすぐに執務に
没頭し始めた。そうして数分が過ぎた頃だった。
突然、聞き覚えの無い着信音が鳴り響いた。
驚いて辺りを見回す。
【燈子】
「…………?」
デスクの隅に、やはり見覚えの無い携帯が置いてあるの
が見付かった。
さっきまでは無かったはずだから、雅也の忘れ物だろう
か? 喧しいほどの着信音を響かせながら、その携帯が
震えている。
最初は放っておこうと思った燈子だったが、携帯はあま
りにもしつこく鳴り続け、催促するように彼女の耳を
煩わせている。
【燈子】
「しつこいわね。もう……」
仕方なく、燈子は携帯を手にとり、通話ボタンに指を
這わせた。
【燈子】
「もしもし……」
抑えたつもりだったが、少し棘のある声音になった。
間を置かず、電話越しから雅也の声が聞こえてくる。
【雅也】
「どうも燈子さん。この場合、事後承諾というのは適用
されるのでしょうか?」
【燈子】
「は? 何の話ですか……?」
【雅也】
「いえ……、滅多に出来ない体験ですから、できれば
お許し願いたいなぁ、と……」
【燈子】
「だから何の話ですか?」
雅也のヘラヘラといった風の口調が、癇に障る。燈子は
ついに声を荒げてしまった。
それでも雅也は、さほど気にしてないらしく、先の言葉
を紡いでいく。
【雅也】
「いいですか? 耳を澄まして聞いてください。
行きますよ……」
【燈子】
「井深さん、遊ぶなら別の場所でやってください。
正直迷惑です」
――付き合ってられない。
燈子はそう判じて、携帯から耳を離す。
その瞬間だった。
【燈子】
「え? きゃああ……っ!?」
何かが決壊したように、携帯から一斉に触手が飛び出し
てきた。
燈子が手を放す隙も与えず、その腕ごと巻き付いて彼女
の動きを封じる。
【燈子】
「いやぁ、あっ、何なのですかっ、これは……!?」
慌てて身体から放した携帯から、物理法則を無視した量
の触手が飛び出す。
ろくな抵抗も許されなかった。
あっという間に、燈子の肢体は触手に蹂躙され、征服さ
れてしまう。
【燈子】
「くっ、井深さん……! 貴方の仕業ですね、これは
……っ!」
携帯をぶんぶん振り回しながら、悪態をついた。
しかし触手に無理やり握らされたそれ――携帯型淫具か
らは手を放す事ができない。
【雅也】
「もちろんです。燈子さん。
いやぁー、ちゃんと機能するかどうかドキドキしまし
たよ」
化け物携帯から得意げな雅也の声が届く。
距離が離れてるにも関わらず、それはいやに響いた。
【燈子】
「何を考えてるんですか、貴方はっ! こんなイタズ
ラ、性質が悪いにもほどがありますよっ!」
【雅也】
「いやぁ、いやいやいやいやいやいやいやいや……」
何度も同じセリフを繰り返す。
ノリにノッた雅也の声だ。
【雅也】
「燈子さん、貴方がご自分でおっしゃってたじゃない
ですか。これはモニタリングです。イタズラなんて
とんでもない。これはれっきとした実験ですよ」
【燈子】
「くぅ……、私はっ、それに応じた覚えはありません」
【雅也】
「おや? おかしいですね。この間、モニターに協力
すると言ってくれたのは、私の記憶違いでしょうか」
【燈子】
「なに……をっ、それでも選択の自由くらいあるでしょ
う……っ! この……っ」
胴にまとわりつく触手を引き剥がそうと、もがいた。
しかしもがけばもがく程、触手はその身体に絡まって
いった。
【雅也】
「フフフ……っ、無駄ですよ。この『ミミック』の触手
はそう簡単には解けません」
どうやらこちらの姿が見えているらしい雅也が言う。
――何を言っているんだ、この男。
脳が沸いているんじゃないかしら……。
燈子は本気でそう思って、興奮MAX状態の雅也の相手
をすることをやめた。
いちいち彼の言う事に反応しても、不毛以外のなんでも
ない。
それよりも、油断すると服の中に入っていこうとする
触手たちの方が深刻だった。
【燈子】
「全く……、どうなっているの、コレは……!?
くっ、こんなに、どこから出てきているのよ!?」
もはや数え切れないほど横溢し、燈子の身体を氾濫する
触手たち。
これほどの技術、もっと他で活かせばいいのに、雅也た
ち研究者のネジの飛び具合は、呆れを通り越して殺意す
ら湧くほどだ。
【燈子】
「くあっ、あンン……、はあっ、そこは……っ!?」
太ももを駆け上がる触手を感じて、燈子は腰を震わせ
た。
【燈子】
「い……つの間に、ストッキングの中にぃ……っ!
ふあ、やめっ、あああ……っ、腰にまで……っ!?」
触手のぬめる感触に慄く。
抵抗しようにも、胸や耳朶までくすぐり、刺激を与える
別の触手に、すっかり気概と力を奪われてしまってい
た。
【燈子】
「やあ……っ、耳なんか……っ、んはああ……!
あっふううンン……、ひゃあンンっ!?」
【雅也】
「おや? 色っぽい声が出ましたね。ひょっとして燈子
さん、耳が弱点ですか?」
【燈子】
「……っ、う……! 何を……っ、それよりもういいで
しょう……!」
触手の先のコードが、敏感な耳の粘膜をくすぐるのを
堪え忍ぶ燈子。しかし、引き結んだ唇から、熱い息が
吐き出されるのを、耐える事ができない。
そんな燈子の懊悩をよそに、雅也はますます調子付いて
いるようだった。
【雅也】
「いえいえ、これからですよ……! 次は――、
そうですね、いよいよ股間にいきましょうか」
【燈子】
「ふざけ……っ、ああ〜っ!?」
メタリックなマジックハンドが、燈子のスカートを捲り
上げた。
それとは対照的な、肉色の卑猥な触手が刻一刻と秘裂に
迫り来る。
【燈子】
「この……っ、本気で怒りますよ! 井深さんっ、ン、
やぁああ〜〜〜っ、あっ、はウっ!?」